公式レビューへのコメントをしてきたのさ。

今月末締め切りということで、JISX4064素案公開レビューというのがあったので応募しておきました。忌憚のない御意見お寄せくださいとのことなので、まぁそこそこに遠慮なく書き連ねておきました。下にあるのがその内容。

この規格(案)はそもそも仮名漢字変換法についての規定をおこなうもので、姫踊子草の扱うかな配列そのものの話とはちょっとずれてました。

ですが、規格案の巻末にNICOLA配列のキーボードの図が参考として掲載されており、積年の悲願たるNICOLAのJIS規格化の第一歩といった意味合いもあったようです。

実際に私がこの話を知ったのもNICOLA関係を扱う掲示板で、その掲示板の管理者が図の提供者だということでした。

でも大元の情報源は2ちゃんねるだったとかで、なんつーか、大事な規格案の話が表に出てこないってのはどうよ、と思ったりしたもんですがそのへんどーなんでしょ。そういえばJIS第3水準、第4水準文字コード規格レビューの時も必要な人に情報がいきわたっていなかった感じがあったようで、やはり官民両方の面からこういう規格の策定にかかわりやすくする手立てを考えるべきなんでしょうなぁ。なぜ年寄りくさいのか俺。

で、肝腎の送ったメールの内容ですけれども。

なんだか少々オーバーヒートしてるし、そもそも規格案の内容よりもその存在意義を問うている内容になってるし、だいたいこれあんまり推敲してないだろ、という雰囲気がびりびり感じられますが。

それでも、大事なこと書いているつもりなので言わないより言ったほうがよろしかろう、ということでほぼこのままメールしました。HTML的に加工してちょっとは見やすくしてありま…あんまり変わらんか。

内容を要約すると、「仮名漢字変換の規格を作るのは結構だが、それを満たせば日本語入力ソフトとしての要件をすべて満たすと勘違いされるような書き方はしてくれるな」ということ。

実際に送付した本文

JIS X 4064:2002 素案(公開日付2001年1月21日…もちろん2002年の誤りでしょう)を拝見いたしました。
これは公開レビューのコメント募集に応じたものです。

早速ではありますが、この規格そのものの意義について数点疑問に感じられるところがありましたのでそれを述べさせていただきます。
主な内容は以下のとおりです。

  1. 日本語入力システムそのものが時代とともに洗練されたとはいえない点
  2. 多数の文字を使用する文化における入力方法の統一の価値に対する疑問
  3. 規格を制定することによる他の入力法の一方的な排除のおそれ

これらについて、述べさせていただきます。

日本語入力システムそのものが時代とともに洗練されたとはいえない点

規格素案では、日本語入力は仮名漢字変換以外に選択肢がないように感じられます。しかし、実際にははじめからハードウェアもしくはOSに仮名漢字変換ソフトのみが添付されている結果として大多数の方が使用しているに過ぎないという印象をぬぐいきれない印象があります。

現在の例では、Microsoft Windows 各種において、Microsoft IME が分離されることなく付属されており、また、各種パソコン解説本もそれを前提としていることに大きな懸念を感じます。

JIS規格としての趣旨にそぐわないかもしれませんが、本来ならば選択肢のある限りその存在を通知する事をOSの販売者に義務付けるくらいのことは最低でもやってよいと思います。

日本語対応のOSにおいて仮名漢字変換ソフトが無償という形で提供されていますが、企業の製作によるものであればそこに人件費がかかっていないはずがありません。その意味で、日本語入力ソフト提供者がOS提供者を兼ねる場合は、その価格の配分表示を義務付け、消費者が希望するのであればその日本語入力ソフトの選択を拒否することができるようにする事も義務づけるくらいでちょうどよいとさえ感じます。

また、JIS規格が法的な罰則、強制力を持たないという観点でいくならば、IME がひとつしかないと感じさせるような解説本の存在をも強く非難する文言を入れたとしても差し支えないと思います。

どちらかというと規格案そのものから離れた話になりましたが、このことは次項以後の内容にもかかわってきますのでもうしばらくお付き合い願いたいと思います。

多数の文字を使用する文化における入力方法の統一の価値に対する疑問

私は、仮名入力において(旧)JISかな入力(ぬふあうえおやゆよ…)ともローマ字入力とも異なる仮名入力を部分的ながら実現するソフトウェアを開発しております。

その開発開始に至るまでに、前期二つの配列を含むいろいろな仮名配列、あるいは仮名漢字変換とは異なる日本語入力方法を解説、評論しているインターネット上のWebサイトをいくつか閲覧してきましたが、結果として感じたことは、

一)各々が推奨する配列は結局各々が習得した配列に強く依存すること。
二)各々が必要とする入力速度・頻度・文字種・さらに入力方法そのものはそれぞれ大きく異なるものであること。

の二つです。このうち前者については実際に各種のWebサイトなり解説本なり読んでもらえればすぐに納得の行く事と思われますので説明は省きます。

あまり議論されていないと思われるのは後者です。

改めて申し上げるまでもなく、日本語はひらがな、カタカナ、漢字に加えてアルファベットを併用して記述する言語です。 一方多くの国では文字種も文字数そのものも日本語よりは少なくて済むでしょう。
そういった多くの国では、各国語を記述する「最適な方法」の研究は比較的容易と思われますし、また、各々が文字入力にコンピュータを使う割合というものは考慮しなくてもあまり問題にはならないと思われます。

ところが、日本語の場合はどうでしょう。

漢字をよく使う人とそうでもない人。
アルファベットの併用が多い人やカタカナの併用が多い人と少ない人。
パソコンで文章を書くこと(文字による意思表示をすること)が多い人と少ない人。

こういった差のある人々のすべてを満足させる入力方法がある、もしくはいくつかの入力方法を提供するだけですべてカバーできるとは現実に考えにくいと思うのです。

たとえば、入力効率を求めた配列は規格素案の PDF の巻末にある NICOLA を含めてかなり多く発表されているようですが、このような配列はたいてい五十音順とはまったく関係のない並びになっています。
ですが、普段文字入力をすることがほとんどない、たとえば検索エンジンで単語を入力することぐらいでしかキーボードを使うことがないような方にこのような配列が必要でしょうか。

むしろ、最初は並びが極めて簡潔で、最高入力速度が期待できないにしてもすぐに使い始めることのできる配列を用意し、無用のキーボードアレルギーを発生させることを抑えた上で必要な人だけがより使いやすい配列を求められるような道を用意しておく、というやり方のほうが日本語使用者のより多くの要求を満たすことができるように思います。

高速入力の必要がある人であれば、一見無規則にさえ思える配列でも、それほど時間をかけずにより入力効率の高い方法を修得することができるはずです。必要があるというのは大切な動機だと考えます。

万一どうしても新しい配列になれることができなかったとしても、もともと使っていた配列が平易なものであれば新旧の配列を天秤にかけることが容易にできますから、各自の判断でどちらを採用するかを決めることができます。
さらにいえば、また別の機会を待って新配列を試していけばよいのです。

しかし、もともと使っている配列が現在多く使われているローマ字入力や(旧)JIS 仮名入力だった場合、その判断は非常に困難を極めるのではないでしょうか。徒労感だけが残り、次の新配列を試そうという気概は失われるのではないでしょうか。「最初に学んだ配列を入力できるようになるまでに大変な苦労をすることになった上に新配列にもなれることができなかった」のですから…

上記は配列という言葉を用いてかな配列に限定した話のように進めてまいりましたが、実際には漢字直接入力を含む仮名漢字変換法以外の入力法も含めてとらえてもらいたいと思います。

ここの要求を満たす入力法がひとつもしくは少数に絞れない、という理由については、ほかにも考慮すべきと思われる点があります。

先ほど各種のサイトを見ればわかる、として省略した内容とかぶりますが、ローマ字入力を薦める方は「アルファベットと仮名と別の二つの配列を記憶するよりローマ字を覚えてしまったほうが楽」と言い、(JIS仮名入力に限らず)仮名入力を薦める方は仮名一文字のローマ字に文字への変換の負荷がアルファベットと仮名の二つの配列を覚える負荷より大きいということを示唆しています。

私個人としては、やはり各々の論者が最初にどの配列を触れたかによる慣れの影響がかなり大きいと考えていますが、入力効率、苦痛かどうかについては個性によるものが存在しないと言える要因もない事は一考の余地があると思います。

つまり、個人ごとに生活上の行為の得手不得手があるように、キーボードを介する入力にもその脳の、あるいは運動神経などの個人能力差が影響することがありうるのではないか、という考えを捨てることができないのです。

この個人能力差の存在が認められる場合、これを否定するような規格の制定は、規格が新たなデジタルデバイドをもたらす結果にすらなりかねず、その点は丁寧に検討してもらいたいと思います。

ついでながら、NICOLA 配列に関しては親指キーが他のキーより高さを持っていなければ満足に使いにくい場合があることを私は最近知りました。このような親指同時打鍵系ではいずれもそういった特徴を持つものと思いますのでそのことを銘記する必要を感じます。

おそらく手をべたっと置いて使うような場合は、パームレストは一般のノートパソコンのようにキーと同じ高さにあるものではだめで、キーの上面よりパームレストのほうが高い位置にないとあまり効率的とか入力しやすいとかいえない、ということなのでしょう。もっとも一般には速く入力するには手首を浮かせることが推奨されているようですが。

規格を制定することによる他の入力法の一方的な排除のおそれ

さてここまでで、

  • 日本語入力方法が現在仮名漢字変換の、さらにローマ字入力と(旧)JIS仮名入力しか知られていないのは必ずしも淘汰によるとは思われないと言うことと、
  • 日本語の比較的多種多数の文字使用に起因する日本語入力の一本化もしくは少数の方法への限定化に対する問題点のふたつを、

述べてまいりました。

JIS規格といえば、なんといっても国が関与して定める規格ということでありまして、これはおそらく海外にも英語なり何なりに翻訳されて公開されると言うことになるのでしょう。

そこで考えておかなくてはならないのは、素案のような文面では、「これさえ満たせば日本語を使う人間に文句を言われる筋合いがない」と考える日本語を主に使用していない方が出るのではないかということです。

コンピュータにおける日本語入力の議論が尽くされたとは到底いえないのは上記のとおりであるにもかかわらず、国の規格として仮名漢字変換だけを規定するこの文書内容ではどうにも妙な誤解を招きかねない印象がぬぐえません。

最近偶然図書館の書物をみて知ったのですが、One Stop testing / Mutual Recognition といわれる「相互承認」の制度が欧州を中心として進められているとのこと。一方、実際に英国米国、また国際規格で「日本語をローマ字で表す規格」というものが過去もしくは現在も存在しているとか。

釈迦に説法もいいところかもしれませんが、これらから考慮すると、このJIS規格を基準に海外で「日本語入力を行えるようにするための規格」が作られない保証はどこにもなく、さらに問題なのはその規格が成立し、満たされている場合に日本語使用者、特に現在多数を占めている入力法「以外」の使用者が不満を述べることが非常に難しくなることが懸念されます。

相互承認の制度の下では、生産者が規格を満たせばそれを輸入する側が改めてチェックをしないことになっているとか。つまりそれは、将来(もしくはすでに現在?)他国と相互承認を進めた場合に、海外の日本語入力ソフト制作者が上記規格だけを満たして「これがグローバルスタンダードだ」と言って国内で販売を始めても問題のある広告として見咎めることができないということを意味しているわけで、そうなると国際規格の国内での信用失墜、ついでにその元となったJISの信用の失墜にもつながる可能性を秘めているというのは言いすぎでしょうか。

そもそもソフトウェアにそういった相互承認の概念がありうるかどうかということに関する知識は持ち合わせておりませんけれども、結果として起こりうる事態のひとつとしては認識できるのではないかと思います。

私は、この規格が成立するに当たっては、日本語入力の統一に関する上記限界を明確に(それはもうしつこいくらいに)示し、この規格を持って日本語入力の「必要条件」は満たすことができるけれども「十分条件」からは程遠いものであることも同時に明確に示してもらいたいと思います。

仮名漢字変換の方法を統一的に定義しようということ自体は決して悪い発想ではないと思うのですがもっと大きな視点から日本語入力を考えて規格を策定することを強く望みます。

この規格にかかわる皆様のご活躍を心より期待申し上げます。長文失礼いたしました。

平成14年2月25日初出。

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